モーツァルトの年表
| 年表 | |
| 1756(0歳) | 1月27日にザルツブルクで誕生 |
| 1759(3歳) | 姉ナンネルのレッスンを傍聴、クラヴィアに触る |
| 1760(4歳) | 4歳の終わり頃から父にクラヴィアを習う |
| 1761(5歳) | 初めて作曲を試みる、ピアノのためのメヌエット |
| 1764(8歳) | 渡英。クリスティアン・バッハに学ぶ 43の小曲からなるロンドン小曲集を作る |
| 1765(9歳) | 英国を去り、オランダに渡る。 重病(腸チフス)にかかる はじめての交響曲(変ホ長調第1番)を書く |
| 1767(11歳) | 劇音楽の作曲を始める。 第1作は、「第一誡の責務」 ウィーンへ旅行。天然痘にかかる |
| 1768(12歳) | 「ラ・フィンタ・センプリチェ」作曲 「バスティアンとバスティエンヌ」を作曲上演 |
| 1769(13歳) | 無給の宮廷楽団員となる |
| 1770(14歳) | ボローニャのアカデーミア・フィラルモニカの会員になる |
| 1771(15歳) | ヴェローナのアカデーミア・フィラルモニカの会員になる |
| 1772(16歳) | 有給の宮廷楽団コンツェルトマイスターに任命される |
| 1775(19歳) | 初めてのヴァイオリン協奏曲作曲 |
| 1776(20歳) | ザルツブルクの宮廷音楽家として活動 |
| 1777(21歳) | 母アンナ・マリーア死去 宮廷音楽家を休職 |
| 1779(23歳) | 宮廷楽団に再任される |
| 1780(24歳) | オペラ「クレタの王イドーメネオ」作曲 |
| 1781(25歳) | 「後宮からの誘拐」作曲に着手 |
| 1782(26歳) | コンスタンツェ・ウェーバーと結婚 フーガの作品を書く |
| 1783(27歳) | 長男うまれるが、2ヶ月で死去 |
| 1784(28歳) | フリーメーソンに加入 |
| 1785(29歳) | 「ハイドン四重奏曲」を献呈 |
| 1786(30歳) | 「フィガロの結婚」完成、ウィーン、プラハで上演 三男生まれるが死去 |
| 1787(31歳) | 「ドン・ジョヴァンニ」プラハで初演呈 グルックをついで宮廷作曲家になる 長女誕生。父死去 |
| 1788(32歳) | 三大交響曲誕生 長女テレージア死去 |
| 1789(33歳) | 「コシ・ファン・トッテ」作曲 次女生まれるが、その日に死去 |
| 1791(35歳) | 12月5日、モーツァルト死去 |